手 筒 花 火
 手筒花火由来

花火の起源は、遠く中国に遡り、観賞用の花火から戦国時代の通信に使われた狼煙、攻撃用の武器、ロケット等が始まりと言われています。


その後、シルクロードを経て、ヨーロッパに伝わり鉄砲・火薬として発展し、日本には、 武器として火縄銃(注1)が種子島に伝わりました。

花火としては、いつ頃伝わったのかは、文献として残っているものが少なく定かではありませんが、 遠州、三河、岡崎地方にもたらされ、近隣に広まったものと考えられます。

手筒花火
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花火の原点ともいえる手筒花火ですが、今では、遠州、三河、岡崎以外ではほとんど行われていないようです。

日本人で一番初めて花火を見たのは、徳川家康だと言われており、 中国人の花火師が持つ、筒から吹き出す噴水型の花火の見事さに、たいそう驚いたと言われています。

引佐町横尾に今も伝わる手筒花火は、その古い形式をとどめる花火の代表的な一例だといわれています。

遠州地区には、その他、新居・三ヶ日町にも同様な花火が残っており、 男達は、愛しい女たちの前で、煙火(花火)を持つ勇気に、惚れてくれと願いを込め手筒花火を上げたと言われます。

花火を上げた後の筒は、その火の勢いと男たちの気迫かこもった、魔除けとして、大変珍重されているが、 絶対数が少ないため、なかなか手に入りません。

引佐の手筒煙火(花火)も遠く北海道まで遠征したこともあり、静岡県三島市の三島大社には 毎年招かれ奉納しています。

= 手筒花火製作風景

井伊谷宮大祭

引佐町井伊谷の井伊谷(いいのや)宮境内で毎年9月21日、22日の両日、 恒例の「井伊谷(いいのや)宮大祭」が行われます。

秋の夜空を焦がす手筒花火、 手筒をわきに抱え、 降りかかる火の粉にじっ と耐える地元 若衆の勇壮な姿は見ごたえ十分です。  

露店も並びにぎやかなお祭りですので、 どうぞご家族連れでお出掛けくだ さい。

○ 平成16年9月21日(火)   手筒花火打ち上げ

○ 平成16年9月22日(水)   大祭

お問い合わせ先 静岡県 井伊谷宮(TEL053-542-0355)


『引佐町奥山にある方廣寺の奥山半僧坊大祭』でも毎年手筒花火が奉納されており
本年(平成16年)も10月17日に奉納されました。
引佐の手筒花火 3連 引佐の手筒花火 2連
引佐の手筒花火 方広寺 引佐の手筒花火 方広寺2
引佐の手筒花火 抜け(ハネ)た瞬間 引佐の手筒花火 抜け(ハネ)た瞬間2
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動画で見る引佐の手筒花火
ADSL等ブロードバンド用
ISDN・ダイヤルアップ用
2004年10月方廣寺奉納手筒花火(5.8MB)
WMF(ウインドウズメディアフォーマット)
2004年10月方廣寺奉納手筒花火(0.8MB)
WMF(ウインドウズメディアフォーマット)
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データが大きいのでご注意下さい
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注1
ちなみに日本で初めて大規模に鉄砲が使われ、それ以降の戦いを変えたとされる”長篠の戦い” で有名な長篠は引佐町から車で20分くらいの距離にあります。